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千葉地方裁判所 平成5年(行ウ)11号 判決 1995年12月18日

千葉県八千代市八千代台北一〇丁目一七番四号

原告

渡辺和夫

千葉県花見川区武石町一丁目五二〇番地

被告

千葉西税務署長

右指定代理人

小尾仁

佐久間光男

渡辺進

鈴木一博

今井廣明

新居克秀

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成三年九月三〇日付けでした平成二年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同趣旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  処分の存在

原告は、幼稚園を経営する者であるが、被告に対し、平成二年分の所得税について、別表一の確定申告欄記載のとおり申告をしたところ、被告は、同表の更正・賦課決定欄記載のとおり更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課処分(以下「本件過少申告加算税賦課処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)をした。

原告は、被告に対し、本件更正処分等について同表の異議申立欄記載のとおり異議申立てをしたが、同表の異議決定欄記載のとおり棄却された。そこで、原告は、同表の審査請求欄記載のとおり審査請求をしたが、同表の裁決欄記載のとおり棄却された。

2  本件更正処分等の違憲・違法

本件更正処分等は、四に述べるように、次の点において違憲・違法である。

(1) 分離課税の長期譲渡所得(以下「本件譲渡所得」ともいう。)金額の認定・算出を誤っている(控除すべき取得費及び譲渡費用の認定が過少である。)。

(2) 本件譲渡所得は所得税法九条一項一〇号、同法施行令二六条により非課税とされるべきであるのに、これに課税した点において違法である。

(3) 仮にそうでないとしても、本件更正処分等は、原告の財産権及び生存権を侵し、また法の下の平等に反するものであって憲法に反する。

3  よって、原告は、本件更正処分等の各取消しを求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

請求の原因1の各事実は認め、同2の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件更正処分の根拠

(一) 総所得金額 五八万五二六六円

右金額は、原告の営業所得の金額であり、原告の確定申告額と同額である。

(二) 分離課税の長期譲渡所得金額 二一四二万九九五九円

右金額は、八千代市八千代台北一〇丁目三六三番一五四の土地一〇五・八五平方メートル(以下「本件土地」という。以下、地番で示した土地は、八千代市八千代台北一〇丁目所在の土地を示す。)に関する後記(1)の譲渡収入金額から、(2)の取得費、(3)の譲渡費用の額及び(4)の特別控除額を控除した額である。なお、原告が譲渡した資産は譲渡した年の一月一日において所有期間が五年を超えるので、租税特別措置法(平成三年法律第一六号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三一条に規定する分離課税の長期譲渡所得に該当する(同法三一条二項)。

(1) 譲渡収入金額 三四〇〇万円

ア 右金額は、原告が平成元年一一月三〇日本件土地を有限会社志村不動産(以下「志村不動産」という。)に譲渡した際の譲渡金額である。

なお、借地権等を有する者が、当該借地権等に係る底地(借地権等が設定されている土地)を取得した後に当該土地を譲渡した場合には、底地に相当する部分(以下「旧底地部分」という。)とその他の部分(以下「旧借地権部分」という。)を各別に譲渡したものとして取り扱っているところ、この場合における旧底地部分と旧借地権部分に係る収入金額は、それぞれ次に掲げる算式により計算した金額によるものとされている(所得税基本通達三三-一一の三)。

<1> 旧底地部分に係る収入金額

<省略>

<2> 旧借地権部分に係る収入金額

(当該土地の譲渡の対価の額)-<1>の金額

イ ところで、原告は、亡鈴木繁蔵から昭和四二年六月七日付けの土地賃貸借契約により本件土地をむ三六三番一二の土地一八八二平方メートルを賃借していたところ、昭和五九年一月二七日亡鈴木繁蔵の相続人鈴木みよ外五名から、右賃借地の一部で分筆された三六三番八九の土地三一四・七平方メートル(以下「本件取得土地」という。)を代金二六六五万六〇〇〇円で買い受けた。その後、原告は、志村不動産に対し、平成元年一一月三〇日本件取得土地から分筆された本件土地を譲渡したものであるから、原告は、借地権に係る底地を取得した後、当該土地を譲渡したものに当たる。

したがって、旧底地部分に係る譲渡収入金額と旧借地権部分に係る譲渡収入金額は、それぞれ次のとおりとなる。

<1> 旧底地部分に係る譲渡収入金額 二〇五七万円

<省略>

<2> 旧借地権部分に係る譲渡収入金額 一三四三万円

右金額は、本件土地の譲渡収入金額の三四〇〇万円から右<1>の旧底地部分に係る譲渡収入金額二〇五七万円を控除した金額である(所得税基本通達三三-一一の三の(2)参照)。

(2) 取得費 九八四万七一八一円

ア 右金額は、本件土地の取得に要した次の金額の合計額である。

<1> 旧底地部分の取得費 八九六万五八〇一円

右金額は、原告が亡鈴木繁蔵から賃借していた本件土地の取得の対価額(本件取得土地の購入代金である二六六五万六〇〇〇円に、取得した総面積に占める本件土地の面積の割合(一〇五・八五平方メートルを三一四・七〇平方メートルで除したもの)を乗じて算出した金額)であり、原告の確定申告額と同額である。

<2> 所有権移転登記費用 一七万三七二六円

右金額は、本件取得土地の所有権移転登記に要した費用のうち、本件土地の面積に対応する所有権移転登記の費用相当額である。

<3> 不動産取得税 三万六一五四円

右金額は、本件取得土地の不動産取得税の額のうち、本件土地の面積に対応する不動産取得税相当額である。

<4> 旧借地権部分の取得費 六七万一五〇〇円

本件土地の譲渡収入金額は、旧底地部分に係る譲渡収入金額と旧借地権部分に係る譲渡収入金額とに区分されるところ、原告は、平成二年分の所得税の確定申告書に添付した「譲渡内容についてのお尋ね」に旧借地権部分の取得に要した金額を記載せず、また、それ以外に右金額を明らかにする資料も存しないので、措置法三一条の五第一項の規定に準じて(租税特別措置法(山林取得・譲渡所得関係)の取扱いについて通達三一-五)、旧借地権部分に係る譲渡収入金額に一〇〇分の五の割合を乗じた金額を旧借地権部分の取得費としたものである。

イ 原告の主張する取得費について

原告、右アの取得費の他に次の各費用を本件土地を取得するために支出しているので、その費用合計額九八九万八九二三円を取得費に算入すべきであると主張する。しかし、以下において述べる理由により、それらを取得費の額に算入することはできない。

<5> 借入金の支払利息 (九七四万二二二三円)

右金額は、原告が鈴木みよ外五名から昭和五九年一月二七日本件取得土地を代金二六六五万六〇〇〇円で取得した際、その取得代金として八千代市農業協同組合から借り入れた二七〇〇万円(以下「本件借入金」という。)に係る支払利息の合計額と主張する金額である(その内訳については別表二を参照。なお、準備手続における原告の主張金額は合計額において誤りがあり、右金額を主張するものと解される。)。

しかしながら、借入金利子が資産の取得に要する金額に含まれるとしても、借入金利子債務が時の経過に伴い発生し確定していくものであることに照らせば、譲渡資産を取得しその使用を開始した後に支払う借入金利子は、譲渡資産を取得するために要する費用ではなく、譲渡資産を取得した以後も当該資産の取得資金の借入れの状態を維持し、もって当該資産の保有の状態を維持するためにその支払を余儀なく継続される費用、すなわち当該資産の維持管理費というべきである。したがって、固定資産の取得によりその引渡しを受け当該資産の使用を開始した日以後の借入金利子は、取得費に算入できない(最高裁平成四年七月一四日第三小法廷判決、同平成四年九月一〇日第一小法廷判決参照)。

ところで、原告は、昭和四二年六月七日以降本件土地を賃借しており、原告が本件土地の使用を開始したのは、本件土地を取得した昭和五九年一月二七日以前であることは明らかである。したがって、原告が本件土地を取得するために借入金利子を支払っていたとしても、右金額を取得費に算入することはできないというべきである。

<6> 下水道受益者負担金 (九万二〇〇〇円)

右金額の支払年月日、支払内容及び支払先は、別表三の<6>に記載したとおりである。

しかしながら、右金額は、昭和五七年度及び昭和五八年度分の下水道事業受益者負担金納入通知書に記載された金額であり、昭和五七年一二月二三日に支払われている。原告が本件土地を取得したのは、昭和五九年一月二七日に鈴木みよ外五名との売買契約を締結した日以後であるから、右金額を取得費に算入することはできない。

<7> 収入印紙代 (二万〇四〇〇円)

右金額の支払年月日、支払内容及び支払先は、別表三の<7>に記載したとおりである。

しかしながら、右金額は、原告が八千代市農業協同組合との間で本件借入金を借り替えた際に要した費用であり、取得費に算入することはできない。

<8> 根抵当権の極度額変更の登記料 (二万四三〇〇円)

右金額の支払年月日、支払内容及び支払先は、別表三の<8>に記載したとおりである。

しかしながら、右金額は、原告が八千代市農業協同組合との間で本件借入金を借り替えた際に要した費用であり、取得費に算入することはできない。

<9> 中元の品代 (二万円)

右金額の支払年月日、支払内容及び支払先は、別表三の<9>に記載したとおりである。

しかしながら、中元は、いわゆる生活慣習上の交際費にほかならないのであるから、取得費に算入することはできない。

(3) 譲渡費用の額 一七二万二八六〇円

ア 右金額は、本件土地を志村不動産に譲渡した際に要した次の金額の合計額である。

<1> 仲介手数料 一一一万二〇〇〇円

<2> 分筆測量費 一五万八六六〇円

<3> 収入印紙代 二万円

<4> ガス管工事代 一〇万円

<5> 土盛り工事代 三万八〇〇〇円

<6> 立退料 一五万円

<7> 山砂代 一四万四二〇〇円

イ 原告は、右アの譲渡費用の外に、次の各費用を本件土地を譲渡するために支出しているので、その費用合計額五二万五九八八円を譲渡費用に算入すべきであると主張する。しかし、以下において述べる理由により、それらを譲渡費用に算入することはできない。

<8> 地目変更登記料 (一万二七二〇円)

右金額の支払年月日、支払内容及び支払先は、別表四の<8>に記載したとおりである。

しかしながら、右金額は、昭和六〇年四月一六日に本件取得土地から分筆された三六三番一五一の土地に建物を建築の上右土地を寒河江忠三に譲渡する際に要した地目変更登記料であり、本件土地の譲渡にはなんら関係がない。したがって、右金額を譲渡費用に算入することはできない。

<9> 分筆費用 (一〇万二四八〇円)

右金額の支払年月日、支払内容及び支払先は、別表四の<9>に記載したとおりである。

しかしながら、右金額は、右<8>と同様に本件取得土地から八千代市八千代台北一〇丁目三六三番一五一の土地を分筆する際に要した分筆費用であり、本件土地の譲渡にはなんら関係がない。したがって、右金額を譲渡費用に算入することはできない。

<10> 建築確認料 (一〇万円)

右金額の支払年月日、支払内容及び支払先は、別表四の<10>に記載したとおりである。

しかしながら、右金額は、支払いの事実が不明であるから、譲渡費用に算入することはできない。

<11> 図面作成費用 (一万六三七〇円)

右金額の支払い年月日、支払内容及び支払先は、別表四の<11>に記載したとおりである。

しかしながら、右金額は、昭和六二年五月二一日の支払であることからして本件土地の譲渡のために支払ったものということはできない。右図面は、原告が本件取得土地を複数回にわたって分筆等をしていることから、自己の財産管理の一環として作成したものとみるのが相当である。したがって、右金額を譲渡費用に算入することはできない。

<12> 立退料(三万七〇〇〇円)

右金額の支払年月日、支払内容及び支払先は、別表四の<12>に記載したとおりである。

しかしながら、右金額は、昭和六二年五月一〇日原告所有の貸家の貸借人上小園満州男に返還した敷金であって、立退料の支払いではない。そして、敷金の返還は、預り金の返還であり、譲渡費用に当たらないことはいうまでもない。

仮に、右金額の支払が立退料の支払であったとしても、上小園満州男が賃借していた建物は、本件土地に隣接する三六三番八九の土地上に存する建物であり、また、同人が立ち退いた後現在まで原告の管理の下に同じ建物が依然として存することからすると、同人の立退きは、原告が右土地を利用するために行ったものといえる。したがって、右金額の支払を本件土地を譲渡するために直接要した費用とみることはできず、右金額を譲渡費用に算入することはできない。

<13> 植木片付け代 (三万円)

右金額の支払年月日、支払内容及び支払先は、別表四の<13>に記載したとおりである。

しかしながら、右金額は、支払の事実が不明であるから、譲渡費用に算入することはできない。

<14> 廃材処分費用 (二〇万円)

右金額の支払年月日、支払内容及び支払先は、別表四の<14>に記載したとおりである。

しかしながら、右金額は、支払の事実が不明であるから、譲渡費用に算入することはできない。

仮に、原告が右金額を支払っていたとしても、原告がその所有していた貸家の取壊しを行ったのは昭和五九年頃であって、それは寒河江忠三へ三六三番一五一の土地を譲渡するために取り壊したものであるから、右金額を本件土地の譲渡費用に算入することはできない。

<15> 根抵当権抹消登記費用 (二万〇七〇〇円)

右金額の支払年月日、支払内容及び支払先は、別表四の<15>に記載したとおりである。

原告は、本件取得土地を購入するため本件借入金を借り入れた際に右土地に根抵当権を設定したが、その後右根抵当権によって担保される債務を弁済したため、右根抵当権設定登記を抹消した。右金額はその際に要した費用である。とするならば、右金額は、その費用の発生原因が本件土地の譲渡以前に本件土地の譲渡とは関係なく存在し、また、その支払は、原告の根抵当権で担保されていた債務がなくなったことを明らかにする目的で自己のためになしたものというべきであって、その支払の効果は原告に帰属するものであるから、本件土地の譲渡を実現するために直接必要な費用とはいえない。

したがって、右金額を譲渡費用に算入することはできない。

<16> 交通費 (八〇〇円)

右金額の支払年月日、支払内容及び支払先は、別表四の<16>に記載したとおりである。

しかしながら、交通費は、譲渡に伴い間接的に生ずる費用であり、また、右金額は、譲渡代金の受領場所に出向くために要した費用である。したがって、譲渡のために直接要した費用ということはできず、譲渡費用に算入することはできない。

<17> 水道材料代 (一八八〇円)

<18> 水道材料代 (四〇三八円)

右<17><18>の金額の支払年月日、支払内容及び支払先は、別表四の<17>及び<18>に記載したとおりである。

しかしながら、右各金額の支払年月日が本件土地が譲渡された平成元年一一月三〇日の後となっていることからすると、右各金額は、原告が本件土地を譲渡した後に現在原告が所有している三六三番八九の土地又は賃借している三六三番一二の土地を従前どおり使用するための工事に要した費用と認められる。したがって、右各金額はいずれも本件土地を譲渡するために直接要した費用ということはできず、譲渡費用に算入することはできない。

(4) 特別控除額 一〇〇万円

右金額は、措置法三一条四項に規定する金額である。

(三) 納付すべき所得税額 四一〇万六二〇〇円

右金額は、所得税法八七条二項の規定に基づき、原告の総所得金額五八万五二六六円(前記(一))から所得控除の額の合計一四八万三三〇六円を控除し、さらに、右総所得金額を超える右所得控除の額である八九万八〇四〇円を分離課税の長期譲渡所得の金額二一四二万九九五九円(前記(二))から控除した金額二〇五三万一〇〇〇円(所得税法八七条二項、措置法三一条五項二号、国税通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満端数切り捨て後のもの)に、措置法三一条一項一号の規定により一〇〇分の二〇の割合を乗じた金額である。

2  本件更正処分の適法性

(一) 本件譲渡所得の金額について

以上のとおり、本件土地の譲渡所得の金額は、譲渡収入金額三四〇〇万円から前記1(二)(2)の取得費九八四万七一八一円及び前記1(二)(3)の譲渡費用一七二万二八六〇円の合計額一一五七万〇〇四一円を差し引いた額の二二四二万九九五九円から特別控除額一〇〇万円を控除した二一四二万九九五九円となるところ、本件更正処分における右各金額は、別表一に記載したとおりであり、右金額の範囲内であるから、本件更正処分は適法である。

(二) 所得税法九条一項一〇号の主張について

原告は、本件土地の譲渡による所得は、借金の返済と今後の最低限度の生活の維持のために必要不可欠なものであり、借金の利息の支払を停止すれば、本件土地を競売されることが避けられず、今後生活していくための継続的な収入の道もないから、所得税法九条一項一〇号、同法施行令二六条の「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であり、かつ、国税通則法二条一〇号(定義)に規定する強制換価の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡による所得で、その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられたもの」に該当し、本件土地の譲渡に係る所得は非課税とされるべきであると主張する。

(1) 「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」の点について

原告は、本件土地を譲渡した時において本件土地土地以外に次に掲げるⅰないしⅵの各不動産及びⅶないしⅸの各借地権を有しており、右各資産はすべて譲渡可能な資産であること、本件土地を譲渡した当時における原告の資金調達状況等からすると、原告が「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である状態にあったとは到底いえない。

<省略>

ⅱ及びⅲの宅地は、現況は公衆用道路である。また、ⅳないしⅵの建物は未登記の建物で、ⅵの建物については固定資産課税台帳上は五棟の建物が存するが、現況においては三棟は取り壊され二棟のみが現存するものである。ⅶないしⅸの各土地の地目は登記簿上は畑であるが、現況は宅地である。

(2) 「国税通則法二条一〇号(定義)に規定する強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡」の点について

本件土地の譲渡は、原告の手持ち資金がなかったことから借入金返済資金を捻出するために任意に譲渡したものでり、利息の支払を停止すれば本件土地が競売にかけられることが避けられなかったような状況を示すものは、本件土地の登記簿謄本からうかがい知ることはできない。

(3) 「譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられた」の点について

本件土地の譲渡代金は、一部は借入金の弁済に充てられているが、その残余は原告又は原告の妻智子名義の預金口座に入金され、その後生活費の支払あるいは事業の運転資金に使用されており、原告の所得に帰属した後に費消されたと認められ、強制換価手続の原因となるような原告の債務を弁済するために使用されたということはできない。

以上のとおり、原告が本件土地を譲渡するに至った経緯が、本件取得土地を購入するための資金として借り入れた借入金の返済にあったとしても、本件土地を譲渡した時において、原告が資力を喪失し債務超過の状況にあったとはいえず、かつ、その譲渡代金を自己に帰属させている本件においては、本件土地の譲渡に係る所得が非課税とされるいわれはない。

(三) 違憲の主張について

原告は、本件更正処分が憲法二九条、二五条一四条に反すると主張するが、本件更正処分には右のような憲法違反の点はない。

3  本件過少申告加算税賦課処分の根拠及び適法性

原告は、平成二年分の所得税に係る課税標準及び納付すべき税額を過少に申告していたものであり、また、過少に申告したことについて国税通則法六五条四項に規定する正当な理由も存しないから、本件更正処分により納付すべき税額三九九万円(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数切り捨て後のもの)に同法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額三九万九〇〇〇円に、同条二項の規定に基づき本件更正処分により納付すべき税額のうち五〇万円を超える部分の税額三四九万円(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数切り捨て後のもの)に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額一七万四五〇〇円を加算した五七万三五〇〇円を賦課したものであるから、本件過少申告加算税賦課処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び原告の主張

1  本件更正処分の根拠について

(一) (一)の総所得金額は認める。

(二) (二)の分離課税の長期譲渡所得金額は争う。

(1) (1)の譲渡収入金額は認める。ただし、借地権等を有する者が当該借地権に係る底地を取得した後に当該土地を譲渡した場合には、旧底地部分及び旧借地権部分をそれぞれ各別に譲渡したものとして取り扱い、その場合における旧底地部分と旧借地権部分に係る収入金額を被告主張の計算式によって算出することは知らない。

(2) (2)の取得費は争う。

ア 被告の主張する<1>旧底地部分の取得費、<2>所有権移転登記費用、<3>不動産取得税及び<4>旧借地権部分の取得費は認める。

イ 原告は、右の各取得費の他に、<5>借入金の支払利息(九七四万二二二三円)、<6>下水道受益者負担金(九万二〇〇〇円)、<7>収入印紙代(二万〇四〇〇円)、<8>根抵当権の極度額変更の登記料(二万四三〇〇円)及び<9>中元の品代(二万円)の各費用を本件土地を取得するために支出しているので、その費用合計額九八九万八九二三円を取得費に算入すべきである。

特に借入金の支払利息については、原告は、本件取得土地を購入した昭和五九年一月二七日の約半年前から、右土地上に所有していた貸家について賃貸借契約の更新、入居者の募集、建物の修理及び賃料支払の督促等を行っておらず、その後借家人に対して立退きを求めていたことから明らかなように、原告には、本件取得土地を購入する以前から貸家経営をする意思はなかったものであるから、その合計額を取得費に算入すべきである。

(3) (3)の譲渡費用の額は争う。

ア 被告の主張する<1>仲介手数料、<2>分筆測量費、<3>収入印紙代、<4>ガス管工事代、<5>土盛り工事代、<6>立退料及び<7>山砂代は認める。

イ 原告は、右の各譲渡費用の外に、本件土地を譲渡するために、<8>地目変更登記料(一万二七二〇円)、<9>分筆費用(一〇万二四八〇円)、<10>建築確認料(一〇万円)、<11>図面作成費用(一万六三七〇円)、<12>立退料(三万七〇〇〇円)、<13>植木片付け代(三万円)、<14>廃材処分費用(二〇万円)、<15>根抵当権抹消登記費用(二万〇七〇〇円)、<16>交通費(八〇〇円)、<17>水道材料代(一八八〇円)及び<18>水道材料代(四〇三八円)の各費用を支出しているので、その費用合計額五二万五九八八円を譲渡費用に算入すべきである。

(4) (4)の特別控除額は認める。

(三) (三)の納付すべき所得税額は争う。

2  本件更正処分の適法性について。

(一) 本件譲渡所得金額について

被告の主張は争う。その内容は1で主張したとおりである。

(二) 原告は、資力喪失の状態にあるから、本件譲渡所得は所得税法九条一項一〇号の非課税規定により非課税とされるべきである。

(1) 被告は、原告が本件土地を譲渡した時において本件土地以外に三2(二)(1)の表中に掲げたⅰないしⅸの各資産を有しており、右各資産はすべて譲渡可能であるから、同号の「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」の要件をみたさないと主張する。

原告がⅰないしⅴの各不動産及びⅶないしⅸの借地権を有していること、現在原告が所有している三六三番八九の土地上に建物一棟を有していること並びに三六三番八九から分筆された三六三番一四六の土地上に建物一棟を有していることは認めるが、ⅰの宅地は原告が今後生涯にわたって居住するための唯一の土地であるから譲渡することはできず、ⅱ及びⅲの各宅地は現況が道路であるため譲渡不能であり、ⅳ及びⅴの各建物並びに三六三番一四六の土地上の建物一棟は敷地が借地のため事実上譲渡不能であり、現在原告が所有している三六三番八九の土地上の建物一棟は老朽化し危険であるため解体を予定しており、ⅶないしⅸの各賃借権も事実上譲渡不能である。このように譲渡の実現の確率の非常に低い各資産をもって、納税資金捻出という差し迫った現実の問題を解決することは不可能である。

また、原告は、金融機関に対する各預金を上回る負債があったから(その内訳は別表五を参照)、同号の「資力を喪失」の要件をみたすといえる。

(2) 原告は、本件土地を譲渡した時点において、本件借入金の利息の支払を停止すれば本件土地が競売にかけられることが避けれらなかった状況にあり、「国税通則法二条一〇号(定義)に規定する強制換価手続きによる資産の譲渡」、あるいは「強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡」の要件をみたすといえる。

(三) 本件更正処分は憲法二九条、二五条、一四条に反する。

(1) 財産権侵害

公共の福祉の最大の意義は社会的弱者の救済にあるが、今日のわが国の財政は、政治家、官僚及び圧力団体の馴れ合いによる搾取構造体の餌食となっており、社会的弱者には恩恵が少ない。社会的弱者である原告は、財政によって莫大な損害を被りつつあり、その原告に重税を課すことは、加害政策を拡大強化しつつある財政のための資金を負担させることであり、憲法によって保障された財政権を侵害するものである。

(2) 生存権侵害

原告の経営する幼稚園は、昭和五一年の開設以来ほとんど無所得の状態が続き、原告は慢性的低所得状態にある。さらに、原告は、回復の見込のない慢性気管支喘息を患っているうえ、すでに六〇歳を越えているので、転業することも就職することも困難である。

被告は、原告に対し、本件更正処分等によって、最低限度の生活を営んでいく上で必要不可欠な所得に重税を課し、また、本件更正処分等による税金を納付するために原告に残された唯一かつ最小限度の土地を処分することを求めている。これらは憲法によって保障された生存権を侵害するものである。

(3) 法の下の平等原則侵害

被告は、原告に対し、本件更正処分等によって、老後の生活を維持するための僅かな土地を切り売りして得た所得について過酷な税を課したが、それは、応益負担原則、応能負担原則及び平等原則に反する。

また、被告は、原告が必要経費と主張する費用を種々の理由により認めておらず、これらは、憲法によって保障された法の下の平等を侵害するものである。

3  本件過少申告加算税賦課処分の根拠及び適法性について

被告の主張を争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本件更正処分等の存在

請求の原因1(処分の存在)の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件更正処分の根拠について

1  総所得金額について

総所得金額(五八万五二六六円)については、当事者間に争いがない。

2  分離課税の長期譲渡所得金額について

(一)  本件土地譲渡の経緯

甲第一、第二号証、乙第一ないし第九、第一〇号証の一ないし四、第一一ないし第二一、第四〇、第四二号証、証人渡辺進の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和四二年六月七日亡鈴木繁蔵から本件土地を含む三六三番一二の土地(一反九畝。一八八四平方メートル)を賃借し、右借地上に幼稚園の園舎、自宅及び貸家を建て、昭和五一年以来「みどり学園」の名称で幼稚園の経営を行ってきた。

(2) 原告は、昭和五九年一月二七日、亡鈴木繁蔵の相続人鈴木みよ外五名から、右賃借地の一部である本件取得土地(三六三番一二から分筆された三六三番八九)三一四・七平方メートル(登記簿上の面積は、三五四平方メートル)の底地を代金二六六五万六〇〇〇円で買い受けた。

原告は、本件取得土地を購入するに際し、右同日八千代市農業協同組合から本件借入金(二七〇〇万円)の融資を受けたが、期限内に返済することができそうになかったことから、同年一二月一七日八千代市農業協同組合から二八一〇万〇五六四円を借り替えた。原告は、右借替えの際、本件取得土地その他の土地に根抵当権を設定した。

(3) その後、原告は、昭和六〇年四月一六日、本件取得土地の一部を分筆した三六三番一五一の土地一〇一・六七平方メートル及びその地上建物を寒河江忠三に代金二〇四〇万円で売却し、同月二九日八千代市農業協同組合に本件借入金の一部一〇〇〇万円を返済した。

(4) そして、原告は、平成元年一一月三〇日、本件取得土地の残地から本件土地(三六三番一五四)一〇五・八五平方メートルを分筆して志村不動産に代金三四〇〇万円で売却した(これが本件地所得課税の対象となっている資産の譲渡である。)。そして、同日手付金として三〇〇万円を受領した。

(5) 原告は、平成元年一二月二〇日住友信託銀行から一九〇〇万円の融資を受け、同日八千代市農業協同組合からの本件借入金の残金一八七三万六二四六円を返済し、同月二五日前記借替えの際に設定した根抵当権設定登記を抹消した。

(6) 原告は、平成二年一月三〇日、志村不動産から売却代金の残金三一〇〇万円を受領し、住友信託銀行からの借入金一九〇〇万九八三八円を返済した。

(二)  譲渡収入金額

本件土地の譲渡収入金額(三四〇〇万円)については、当事者間に争いがない。

(1) ところで、所得税基本通達三三-一一によると、借地権を有する者が、当該借地権に係る底地(借地権等が設定されている土地)を取得した後に当該土地を譲渡した場合には、旧底地部分及び旧借地権部分をそれぞれ各別に譲渡したものとして取り扱うこととされ、この場合における旧底地部分と旧借地権部分に係る収入金額は、それぞれ次に掲げる算式により計算した金額によるものとされている。

ア 旧底地部分に係る収入金額

<省略>

イ 旧借地権部分に係る収入金額-<1>の金額

右基本通達の取扱いには合理性があるから、本件についてもこれによるのが相当である。

(2) (一)(1)、(2)及び(4)において認定したところからすると、原告は、借地権に係る底地を取得した後、当該土地を譲渡したものということができる。したがって、旧底地部分に係る譲渡収入金額と旧借地権部分に係る譲渡収入金額は、それぞれ次のとおりとなり、被告の主張のとおりであることが認められる。

ア 旧底地部分に係る譲渡収入金額 二〇五七万円

<省略>

イ 旧借地権部分に係る譲渡収入金額 一三四三万円

(三)  取得費について

(1) 取得費の意義

譲渡所得の金額について、所得税法は、総収入金額から資産の取得費及び譲渡に要した費用を控除するものとしているが(同法三三条三項)、右の資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、当該資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額としている(同法三八条一項)。

右にいう「資産の取得に要した金額」の意義について考えると、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを精算して課税する趣旨のものであるところ、前記のとおり、同法三三条三項が総収入金額から控除し得るものとして、当該資産の客観的価格を更正すべき金額のみに限定せず、取得費と並んで譲渡に要した費用をも掲げていることに徴すると、右にいう「資産の取得に要した金額」には、当該資産の客観的価格を構成すべき取得代金のほか、登録免許税、仲介手数料等当該資産を取得するための付随費用の額も含まれるが、他方、当該資産の維持管理に要する費用等所有者ないし居住者の日常的な生活費ないし家事費に属するものはこれに含まれないと解するのが相当である(最高裁判所平成四年七月一四日第三小法廷判決民集四六巻五号四九二頁等参照。)

(2) 取得費のうち、<1>旧底地部分の取得費、<2>所有権移転登記費用、<3>不動産取得税及び<4>旧借地権部分の取得費の各金額は、当事者間に争いがない。

その合計は、九八四万七一八一円である。

(3) その他の取得費について

原告は、取得費として(2)のほかいくつかのものを控除すべきであると主張し、被告は、これらは取得費に該当しないと主張するので、検討する。

ア <5>借入金の支払利息について

個人がその居住その他の用に供するために不動産を取得するに際しては、代金の全部又は一部の借入れを必要とする場合があり、その場合には借入金の利子の支払が必要となるところ、一般に右の借入金の利子は、当該不動産の客観的価格を構成する金額に該当せず、また、当該不動産を取得するための付随費用に当たるということもできないのであって、むしろ、個人が他の種々の家事上の必要から資金を借り入れる場合の当該借入金の利子と同様、当該個人の日常的な生活費ないし家事費にすぎないものというべきである。そうすると、右の借入金の利子は、原則として、居住の用に供される不動産の譲渡による譲渡所得の金額の計算上、所得税法三八条一項にいう「資産の取得に要した金額」に該当しないものというほかはない。しかしながら、右借入れの後、個人が当該不動産をその居住等の用に供するに至るまでにはなお相当の期間を要するのが通常であり、したがって、当該個人は右期間中当該不動産を使用することなく利子の支払を余儀なくされるものであることを勘案すれば、右の借入金の利子のうち居住等のため当該不動産の使用を開始するまでの期間に対応するものは、当該不動産をその取得に係る用途に供する上で必要な準備費用ということができ、当該個人の単なる日常的な生活費ないし家事費として譲渡所得の金額のらち外のものとするのは相当でなく、当該不動産を取得するための付随費用に当たるものとして、右にいう「資産の取得に要した金額」に含まれ、当該不動産の使用開始の日の後のものはこれに含まれないと解するのが相当である(前掲最高裁判所判決参照)。

ところで、(一)(1)、(2)において認定した事実、甲第二五ないし第三八号証、乙第一〇号証の四、第四二号証、証人渡辺進の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、亡鈴木繁蔵から昭和四二年六月七日に本件土地を含む三六三番一二の土地を賃借しており、少なくとも本件取得土地を取得した昭和五九年一月二七日の半年以前から本件土地上に建物を建て、その建物を伊藤永治等に賃貸して本件土地を使用していたこと、亡鈴木繁蔵の相続人鈴木みよ外五名から昭和五九年一月二七日に本件取得土地を代金二六六五万六〇〇〇円で取得したが、そのために同日八千代市農業協同組合から本件借入金を借り入れたこと、その後別表二のとおり本件借入金の利子として合計九七四万二二二三円を支払ったことが認められる。

原告は、右借入金利息を本件土地土地の取得費として控除すべきであると主張するのであるが、右事実によると、原告は、本件取得土地を購入した時点において、すでに本件土地の使用を開始していたものであるから、本件借入金の支払利子の合計額を取得費に算入することはできないというべきである。

なお、原告は、本件取得土地を購入した昭和五九年一月二七日の約半年前から貸家契約をする意思がなかったから、本件借入金の支払利子の合計額を取得費に算入すべきであると主張するが、当該不動産の使用を開始したとは、当該不動産の引渡しを受けて自己使用を含めた通常の利用方法に従って使用を開始すれば足り、貸家経営等の営利目的による利用の意思の有無とは関係がないことである。したがって、原告の右主張を採用することはできない。

イ <6>下水道受益者負担金について

甲第三九号証の一ないし四及び弁論の全趣旨を総合すると、原告が本件土地取得以前の昭和五七年一二月二三日、同年度の下水道事業受益者負担金八万二八〇〇円を八千代市に支払ったことが認められる。

しかし、下水道受益者負担金は、当該資産の維持管理に要する費用等居住者の日常的な生活費ないし家事費に属するものであり、「資産の取得に要した金額」には含まれないというべきである。

したがって、右金額を取得費に算入することはできない。

ウ <7>収入印紙代について

(一)(2)において認定した事実、甲第四〇号証及び弁論の全趣旨を総合すると、原告が八千代市農業協同組合からの本件借入金を期限内に返済することができそうになかったため、昭和五九年一二月一七日右組合との間で本件借入金を借り替え、その手続の際に収入印紙代として合計二万〇四〇〇円を右組合に支払ったことが認められる。

とすると、右金額は、借替えのために要した費用であり、当該不動産を取得するための付随費用に当たる可能性もあるが、原告が本件土地の使用を開始してから後のものであるから、アと同一の理由により、「資産の取得に要した金額」には含まれないというべきである。

したがって、右金額を取得費に算入することはできない。

エ <8>根抵当権の極度額変更の登記料について

(一)(2)において認定した事実、甲第四〇号証及び弁論の全趣旨を総合すると、原告が昭和五九年一二月一九日本件借入金の借替えの際に本件取得土地等に設定していた根抵当権の極度額を三五一〇万円から三六五三万円に変更したこと、同月八千代市農業協同組合に対し右極度額の変更登記料として二万〇四〇〇円を支払ったことが認められる。

とすると、右ウにおいて検討したように、右金額は、「資産の取得に要した金額」には含まれないというべきである。

したがって、右金額を取得費に算入することはできない。

オ <9>中元の品代について

甲第四一号証及び弁論の全趣旨を総合すると、本件借入金の借替えに応じてくれたことの謝礼として、原告が八千代市農業協同組合に中元を送ったこと、昭和六〇年八月一一日右中元の品代として二万円を支払ったことが認められる。

しかし、右金額は、生活慣習上の交際費にほかならず、当該個人の日常的な生活費ないし家事費に属するものであり、「資産の取得に要した金額」には含まれないというべきである。

したがって、右金額を取得費に算入することはできない。

(4) 以上のとおり、控除すべき取得費の合計は、九八四万七一八一円である。

(四)  譲渡費用について

(1) 譲渡費用の意義

所得税法三三条三項は、譲渡所得の金額について、資産の譲渡による収入金額から、資産の譲渡に要した費用を控除すべきものとしているが、前記(三)(1)において検討した譲渡所得に対する課税の趣旨に照らすと、「資産の譲渡に要した費用」とは、譲渡のために直接かつ通常必要な費用を指すものと解すべきである。

(2) 譲渡費用のうち、<1>仲介手数料、<2>分筆測量費、<3>収入印紙代、<4>ガス管工事代、<5>土盛り工事代、<6>立退料及び<7>山砂代の各金額は、当事者間に争いがない。その合計は、一七二万二八六〇円である。

(3) その他の譲渡費用について

原告は、譲渡費用として(2)のほかいくつかの費用を控除すべきであると主張し、被告はこれらは譲渡に要した費用に該当しないと主張するので、検討する。

ア <8>地目変更登記料について

(一)(3)において認定した事実、甲第四二号証、乙第六、第一〇号証の一、及び弁論の全趣旨を総合すると、原告が本件土地譲渡以前の昭和六〇年に三六三番一五一の土地を本件取得土地から分筆して寒河江忠三に譲渡するに際し、同年三月三一日本件取得土地の地目を畑から宅地に変更し、同年四月一三日地目変更登記料として土地家屋調査士山本實に一万二七二〇円を支払ったことが認められる。

しかし、右金額は、本件土地とは別の土地の譲渡に関するものであって、本件土地の譲渡そのものには関係がないから、本件土地譲渡の譲渡費用に算入することはできない。

イ <9>分筆費用について

(一)(3)において認定した事実、甲第四三号証、乙第六号証及び弁論の全趣旨を総合すると、原告がアのとおり三六三番一五一の土地を寒河江忠三に譲渡するに際し、昭和六〇年四月一六日本件取得土地から右三六三番一五一の土地を分筆し、同月二五日分筆費用として土地家屋調査士山本實に一〇万二四八〇円を支払ったことが認められる。

しかし、右金額も、本件土地の譲渡そのものには直接関係がないから、本件土地譲渡の譲渡費用に算入することはできない。

ウ <10>建築確認料について

甲第四五号証及び弁論の全趣旨によると、原告が本件土地譲渡以前の昭和六二年に三六三番八九の土地(本件取得土地から三六三番一五一を分筆した後の三六三番八九の土地)上に建物を建築するため、有限会社マコトハウスに設計図等作成料として一〇万円を支払ったことが認められる。

しかしながら、右金額は、本件土地の譲渡には関係がないから、本件土地譲渡の譲渡費用に算入することはできない。

エ <11>図面作成費用(一万六三七〇円)について

甲第四六号証及び弁論の全趣旨によると、原告が本件土地譲渡以前の昭和六二年に三六三番八九の土地(本件取得土地から三六三番一五一を分筆した後の三六三番八九の土地)について、昭和六二年五月二一日土地家屋調査士山本實に対し、図面作成費用として五九七〇円、分割計算費用として一万〇四〇〇円合計一万六三七〇円を支払ったことが認められる。

被告は、右金額の支払日が本件土地譲渡以前の昭和六二年五月二一日であることから、右図面は、原告が自己の財産管理の一環として本件取得土地を複数回にわたって分筆するに際して作成したものと思われるとして、右金額を譲渡費用に算入することはできないと主張する。

しかし、(一)(4)において認定した事実、乙第六、第七号証及び弁論の全趣旨からすると、寒河江忠三に対し譲渡した三六三番一五一の土地が本件取得土地から分筆されたのは昭和六〇年四月一六日であること、本件土地の譲渡が平成元年一一月三〇日であり、本件土地が三六三番八九から分筆されたのが平成元年一二月八日であることが認められ、右金額の支払日である昭和六二年五月二一日以降三六三番八九から分筆された土地は本件土地以外にはないこと、原告と志村不動産との間の本件土地についての売買契約証書(乙第一一号証)には昭和六二年五月二一日付けの山本實作成の本件土地と現在原告が所有している三六三番八九の土地の地積測量図が添付されていることからすると、右金額は、本件土地を譲渡するための準備のために支払われたものと認めるのが相当である。

したがって、右金額は、譲渡のために直接かつ通常必要な費用といえ、譲渡費用に算入すべきである。

オ <12>立退料について

甲第四七号証及び弁論の全趣旨によると、原告が昭和六二年五月一〇日、原告所有の建物を賃借していた上小園満州男に対し、預っていた敷金三万七〇〇〇円を返還したことが認められる。

原告は、甲第四七号証には「敷金返礼」と記載されているが、上小園満州男に対しては敷金を返還する必要がなく、右金額は立退料として支払ったものであると主張するが、原告の右主張を裏付けるに足りる証拠はない。そして、敷金の返済は、単に預り金を返還したにすぎないものであるから、そもそも費用の出捐とはいえず、まして土地の譲渡のために必要な費用ということはできない。

なお、仮に、右金額の支払が立退料の支払であったとしても、(一)(4)において認定した事実、乙第七号証及び弁論の全趣旨からすると、平成元年一一月三〇日本件土地が志村不動産に対し譲渡されたこと、同年一二月八日三六三番八九から本件土地が分筆されたこと、上小園満州男が賃借していた建物は、右立退き後も原告の管理の下に三六三番八九(三六三番一五一と三六三番一五四を分筆した後の三六三番八九の土地)上に存在していることが認められる。とすると、上小園満州男の立退きは、原告が現在所有している三六三番八九の土地を利用するために行ったものといえ、本件土地を譲渡するために行ったものということはできない。

したがって、右金額は、譲渡のために直接かつ通常必要な費用ということはできず、譲渡費用に算入することはできないというべきである。

カ <13>植木片付け代について

甲第四八号証及び弁論の全趣旨によると、原告が平成元年六月、浅生山組に対し本件土地上にあった植木を現在原告が所有している三六三番八九の土地へ移転した際に三万円を支払ったことがうかがわれる。

しかしながら、右金額は、本件土地の譲渡のために直接かつ通常必要な費用とはいいがたい(前記<2><4>ガス管工事代、<5>土盛り工事代、<7>山砂代と対比しても、植木片付け代は、土地の譲渡との関係では間接的なものであり、また必ずしも通常要する費用とはいいがたいものである。)。

したがって、右金額を譲渡費用に算入することはできない。

キ <14>廃材処分費用について

証拠及び弁論の全趣旨を総合しても、原告が右費用を支出したとの事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、右金額を譲渡費用に算入することはできない。

ク <15>根抵当権抹消登記費用について

(一)(2)、(5)において認定した事実、甲第四九号証及び弁論の全趣旨を総合すると、原告が本件取得土地を購入するために本件借入金を借り入れた際の昭和五九年二月一〇日、右土地について極度額三五一〇万円、根抵当権者八千代市農業協同組合とする根抵当権設定登記をしたこと、その後原告が右根抵当権によって担保される債務を弁済し、平成元年一二月二五日右根抵当権設定登記を抹消したこと、その際原告が司法書士塙登志也に対し根抵当権抹消登記費用として二万〇七〇〇円を支払ったことが認められる。

しかしながら、右金額は、その費用の発生原因が本件土地の譲渡以前に本件土地の譲渡とは関係なく存在し、また、その支払は、根抵当権によって担保されていた債務がなくなったことを明らかにするために、すなわち原告自身のためになされたものというべきであって、その支払の効果は原告に帰属するものであるから、本件土地の譲渡を実現するために直接必要な費用とはいえない。

したがって、右金額を譲渡費用に算入することはできない。

ケ <10>交通費について

弁論の全趣旨を総合すると、原告が平成二年一月三〇日、志村不動産へ譲渡代金の残金を取立てに行った際に京成電鉄に対し交通費として八〇〇円を支払ったことが認められる。

しかし、交通費は、一般に譲渡に伴い間接的に生ずる費用といわざるをえないところ、右金額は、譲渡代金の受領場所に出向くために要した費用であり、譲渡のために直接要した費用ということはできない。

したがって、譲渡費用に算入することはできない。

コ <17>、<18>水道材料代について

弁論の全趣旨を総合すると、原告が平成二年六月一一日及び同年七月二八日、高橋金物店に対し、水道材料代として合計五九一八円を支払ったことが認められる。

しかし、右各金額の支払年月日が本件土地が譲渡された平成元年一一月三〇日の後となっていることからすると、右各金額は、原告が本件土地を譲渡した後に現在原告が所有している三六三番八九の土地若しくは賃借している三六三番一二の土地を従前どおり使用するための工事に要した費用と認めざるをえず、いずれも本件土地を譲渡するために直接要した費用ということはできない。

したがって、右各金額を譲渡費用に算入することはできないというべきである。

サ そうすると、<8>ないし<18>のうち<11>の図面作成費用一万六三七〇円のみを譲渡費用に加えるべきである。

(4) したがって、控除すべき譲渡費用の合計は、一七三万九二三〇円となる。

(五)  特別控除額

特別控除額(一〇〇万円)については、当事者間に争いがない。

(六)  分離課税の長期譲渡所得金額

以上によれば、分離課税の長期譲渡所得の額は、(二)の譲渡収入金額(三四〇〇万円)から、(三)の取得費(九八四万七一八一円)、(四)の譲渡費用(一七三万九二三〇円)及び(五)の特別控除額(一〇〇万円)を差し引いた二一四一万三五八九円となる。

3  納付すべき所得税額について

所得税法八七条二項の規定に基づき、原告の総所得金額五八万五二六六円から所得控除の額の合計一四八万三三〇六円を控除し、さらに、右総所得金額を超える右所得控除の額である八九万八〇四〇円を分離課税の長期譲渡所得の金額二一四一万三五八九円から控除した金額二〇五一万五〇〇〇円(所得税法八七条二項、措置法三一条五項二号、国税通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数切り捨て後のもの)に、措置法三一条一項一号の規定により一〇〇分の二〇の割合を乗じて算出すると、四一〇万三〇〇〇円と算出される。

三  本件更正処分の適法性について

1  ところで、本件更正処分における総所得金額、分離課税の長期譲渡所得、及び納付すべき所得税の各金額は、別表一に記載したとおりであり、いずれも前記認定金額の範囲内であるから、本件更正処分は適法である。

2  原告の本件譲渡所得が所得税法九条一項一〇号の非課税所得に該当するとの主張について

(一)  同条等の趣旨

原告は、本件土地の譲渡による所得は、所得税法九条一項一〇号、同法施行令二六条の「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であり、かつ、国税通則法二条一〇号(定義)に規定する強制換価の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡による所得で、その譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられたもの」に該当するから、本件土地の譲渡に係る所得は非課税とされるべきであると主張するので、この点について検討する。

前述したように、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを精算して課税する趣旨のものであるから、右増加益が譲渡によって実現した以上は譲渡利益が発生し、所定の計算の結果所得が存在する限り、右譲渡利益が債務の弁済に用いられる予定であっても租税能力が左右されることにはならないはずである。それにもかかわらず、所得税法九条一項一〇号が一定の場合について非課税としたのは、強制換価等によって資産の譲渡が行われるのは、その資産の所有者の資産状態が悪化し、自己の有する資産の全部をもってしても債務の全部を弁済することができないような状態に陥ってはじめてなされる場合が多く、このような場合に譲渡所得に対する課税を行っても、その者には担税能力がなく、結果的には徴収不能となることが明らかであること、また、個人に対しては、その最低限度の生活を保障すべき憲法上の要請があることから、これらを考慮して一定の合理的な範囲で課税所得とすることを控え、個人の生計維持を図ったものと考えられる。そうとすると、所得税法九条一項一〇号、同法施行令二六条に規定するものは、強制換価手続による資産の譲渡又は強制換価手続を避けるためこれに代えて行われる資産の譲渡に限られるものと解される。

(二)  同条等の要件について

(1) 「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」であるとの点について

右のような所得税法九条一項一〇号の趣旨に照らすと、「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」である場合とは、債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用・才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができず、近い将来においても調達することができないと認められる場合をいい、これに該当するかどうかは、当該資産を譲渡した時の現況により判定すべきものである(所得税基本通達九-一二の二参照)。

ア 原告の資産について

本件土地を譲渡した時において、原告が本件土地以外に事実摘示の第二、三(被告の主張)2(二)(1)記載のⅰないしⅴの各土地建物及びⅶないしⅸの各借地権を有していたこと、現在原告が所有している三六三番八九の土地上に建物一棟を有していたこと、並びに三六三番八九から分筆された三六三番一四六の土地上に建物一棟を有していたことは、当事者間に争いがない。原告は、ⅰの土地は今後生涯にわたって居住していく唯一の土地であるから譲渡することはできず、その他の各資産は譲渡の実現の確率が非常に低いと主張するが、原告の主張は、ⅰの土地については譲渡したくないという主観を述べるにすぎず、また、その他の各資産はいずれも事実上譲渡が困難であるというにすぎず、いずれも譲渡可能な資産であることは明らかである。

また、前記二2(一)で認定したとおり、原告は、昭和六〇年四月に三六三番一五一の土地及び地上建物を二〇四〇万円で売却したが、そのうち一〇〇〇万円を債務の支払に充て、残金の一部を三〇〇万円の定期預金として保有していたと認められる(乙第四二号証)。

イ 原告の債務について

前記二2(一)で認定したとおり、原告は、昭和五九年一二月に八千代市農業協同組合から二八一〇万五六四円を借り替え、本件土地等に根抵当権を設定していたが、昭和六〇年四月に三六三番一五一の土地及び地上建物売却代金二〇四〇万円の中から一〇〇〇万円を返済し、これらにより、平成元年一一月の本件土地譲渡当時、同農業協同組合に対し一八〇〇万円余りの債務を負担していたと認められる。

ウ 右イのとおり、本件土地譲渡当時、原告は一八〇〇万円以上の債務を負担していたとみられるが、他方アのとおり相当数の不動産及び定期預金を保有していたと認められるのであって、債務超過の状態にあったと認めるべき証拠はない(乙第五号証、証人渡辺進の証言及び弁論の全趣旨によると、結果としてではあるが、本件土地譲渡後に残された三六三番八九の土地は、本件更正処分に係る税額のために被告が差し押さえていることを除くと、現在債務の担保に供されていないこと、及び原告は本件土地譲渡による収入を生活資金その他にも充てていることが認められるのであり、これらの事実に照らすと、債務超過の状態にはなかったと認められる。)。

したがって、本件土地を譲渡した時において、原告の債務超過の状態が著しく、原告の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができず、近い将来においてもこれを調達することができない状態にあったということはできない。すなわち、原告が「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難」であったということはできない。

(2) 「国税通則法二条一〇号(定義)に規定する強制換価手続きの執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡」(所得税法施行令二六条)の点について

原告は、本件土地を譲渡した時点において、利息の支払を停止すれば本件土地が競売にかけられることが避けられない状況にあったと主張する。

しかし、(1)のとおり原告は債務の弁済が著しく困難であったとはいえないのであるが、右のとおり、現在原告が所有している三六三番八九の土地は、他に何らの債務の担保にも供されていないから、当時の不動産には十分余力があったと認められること、前に認定した二2(一)(2)ないし(6)の事実によると、本件土地の譲渡は、原告の手持ち資金がなかったので借入金返済資金を捻出するために任意に譲渡したものと認められることからすると、利息の支払を停止すれば本件土地が競売にかけられることが避けられなかったような状況があったと認めることはできない。

したがって、「国税通則法二条一〇号に規定する強制換価手続の執行が避けられないと認められる場合における資産の譲渡」の要件をみたすということもできない。

(3) 「譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられた」かどうかについて

所得税法九条一項一〇号、同法施行令二六条の規定の趣旨及び文言に照らすと、右の要件は、当該資産の譲渡の対価(譲渡に要した費用を除く。)の全額ないし全額に近い金額が当時の債務の弁済に充てられた場合を意味するものと解される(所得税基本通達九-一二の四参照)。

ア ところで、乙第一二ないし第一四、第一九ないし第二一、第二二号証の一、二、第二三号証の一、二、第二四号証の一ないし六、第二五号証の一、二、第二六号証の一、二、第二七号証の一、二、第二八号証の一、二、第二九、第三一号証の一、二、第三二号証の一ないし四、第三三号証の一、二、第三四号証の一、二、第三五ないし第三八、第三九号証の一、二、第四一、第四二号証、証人渡辺進の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

<1> 原告は、平成元年一一月三〇日志村不動産から受領した本件土地譲渡の手付金三〇〇万円を同年一二月三井銀行(現在の名称は「さくら銀行」)八千代支店(以下「さくら銀行」という。)の原告名義普通預金口座に入金し、税金、電気料、健康保険料等生活費の支払及び土地の整地代、幼稚園の運転資金、次女美華の大学入学金等の支払に費消した。右さくら銀行の原告名義普通預金口座からの出金は、摘要欄に「引出機」と表示された出金を除きそのほとんどが振替出金で、その内容は、税金、電気料、健康保険料、クレジット代金等の支払となっていた。

<2> また、原告は、平成二年一月三〇日志村不動産から受領した本件土地の代金の残金三一〇〇万円を住友信託銀行の原告名義の普通預金口座に入金し、そのうちの一九〇〇万九八三八円を住友信託銀行からの借入金の返済に充て、一一一万二〇〇〇円を仲介手数料として住信住宅販売株式会社への支払に充て、一〇〇〇万円を定期預金として、その余の八七万八一六二円を普通預金として、それぞれ原告名義で住友信託銀行へ預金した。

<3> さらに、原告は、平成三年八月三〇日右一〇〇〇万円の定期預金を解約し、元利金の合計一〇一九万九六〇五円のうち、五〇〇万円を原告名義の新たな定期預金として預金した後、平成四年一月二九日解約し、元利金の合計五〇六万五四三三円のうち、五〇〇万円を一〇〇万円の銀行振出小切手(以下「預手」という。)二枚と三〇〇万円の預手一枚で出金した。右三枚の預手は、千葉銀行八千代支店(以下「千葉銀行」という。)の原告の妻智子名義の普通預金口座に入金された。そして、原告は、平成四年四月一三日右三〇〇万円の預手を入金した智子名義の普通預金口座から三〇〇万円を出金し、納税資金に充当した。

<4> 他方、原告は、平成三年八月三〇日に解約した一〇〇〇万円の定期預金の元利金の残りの五一九万九六〇五円については、普通預金から九四八七円を加算し、五二〇万八三七一円(差額は送金手数料)をさくら銀行の原告名義普通預金口座に送金し、同日そのうちの三〇万円をさくら銀行のみどり学園名義の普通預金に振り替え、三〇〇万円を原告名義の定期預金に振り替えた。そして、原告は、右三〇〇万円の定期預金を同年一二月三〇日解約し、その解約払戻金三〇三万八二六二円については、二三万九二六九円を当座借越の返済に充当し、七九万八九八三円を現金で出金し、二〇〇万円を一〇〇万円の預手二枚で出金した後、一枚を千葉銀行の智子名義の普通預金口座に入金し、残りの一枚を再び元の原告名義の普通預金口座に入金した。

イ 前記二2(一)において認定した事実及び右アに認定した事実を総合すると、原告は本件土地譲渡の対価約三四〇〇万円の一部で八千代市農業協同組合及び住友信託銀行に対する債務合計一九〇〇万円余りを返済したが、残金は原告又は妻名義の預金口座に入金し、生活費の支払又は事業の運転資金に使用したものと認められるのであって、その全額ないし全額に近い金額を強制換価手続の避けられない債務の弁済に充てたとは到底認められない。

ウ したがって、「譲渡に係る対価が当該債務の弁済に充てられた」ということもできない。

(三)  以上のとおりであるから、本件土地の譲渡に係る所得について所得税法九条一項一〇号、同法施行令二六条を適用して非課税とすることはできないというべきである。

3  原告の憲法違反の主張について

(一)  原告は社会的弱者である原告に重税を課すことは、財産権を侵害するものであると主張する。

本件更正処分の根拠は右認定のとおりであり、税務法規に従った適正な課税処分であるから、法の定めるところによる納税義務の実現を求めるにすぎず、財産権の侵害にあたらないことは明らかである。また、証拠及び弁論の全趣旨を総合しても、本件更正処分等による課税を免ずるほどに原告が社会的弱者であることを示す特段の事情は認められない。したがって、原告の主張を採用することはできない。

(二)  また、原告は、本件更正処分等によって、最低限度の生活を営んでいく上で必要不可欠な所得に重税を課し、税金を納付するために原告に残された唯一の財産である土地の譲渡を求めることは生存権を侵害するものであると主張する。

しかし、証拠及び弁論の全趣旨を総合しても、原告について本件土地の譲渡所得が最低限度の生活を営んでいく上で必要不可欠な所得である事実及び原告が現在所有している三六三番八九の土地が税金を納付するために原告に残された唯一の財産であるとの事実を認めるに足りる証拠はない。また、前に検討したように、所得税法九条一項一〇号の規定の趣旨は、現実の徴収の可能性と最低限度の生活の保障を考慮したところにあると考えられるところ、原告の本件土地の譲渡所得については、右規定の適用要件をみたさないことが明らかである。したがって、本件土地の譲渡所得について右規定を適用しないことが原告の生存権を侵害するものということはできず、原告の主張を採用することはできない。

(三)  さらに、原告は、本件更正処分等によって、老後の生活を維持していくための僅かな土地についての譲渡所得に過酷な課税をすることは、応益負担の原則及び平等原則に反し、原告が必要経費と主張する費用を認めないことは、法の下の平等原則を侵害するものであると主張する。

しかし、右主張は所得税そのものに対する一般的非難か、必要経費についての原告独自の見解の主張にすぎず、証拠及び弁論の全趣旨を総合しても、本件更正処分等による課税が具体的に応益負担の原則及び平等原則に反するとの事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の主張を採用することはできない。

四  本件過少申告加算税賦課処分の根拠及び適法性について

原告は、平成二年分の所得税に係る課税標準及び納付すべき税額を過少に申告していたものであり、また、過少に申告したことについて国税通則法六五条四項に規定する正当な理由も存しないから、本件更正処分により納付すべき税額三九九万円(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数切り捨て後のもの)に同法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額三九万九〇〇〇円に、同条二項の規定に基づき本件更正処分により納付すべき税額のうち五〇万円を超える部分の税額三四九万円(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数切り捨て後のもの)に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額一七万四五〇〇円を加算した五七万三五〇〇円を賦課したものであるから、本件過少申告加算税賦課処分は適法である。

五  結論

よって、被告が原告に対し平成三年九月三〇日付けでした平成二年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課処分の取消しを求める本件請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩井俊 裁判官 鎌田豊彦 裁判官細矢郁は差しつかえのため署名押印できない。裁判長裁判官 岩井俊)

別表一

本件課税処分等の経緯

<省略>

別表二

<5>支払利息(原告の主張する取得費)

<省略>

別表三 原告の主張する取得費

<省略>

別表四 原告の主張する譲渡費

<省略>

別表五

負債明細

<省略>

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